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世界一やさしい脳卒中にならないための本、発売! 感謝です。
 こんにちは。

 安倍首相辞任のニュースを見て、びっくり。

 そういえば、オイラの友人が、安倍首相の後輩だということで、いろんな場所で自慢しまくって顰蹙を買っていました。それが支持率の低下に拍車を掛けたのではないかと考えたりして。

 秋の長雨と湿度の高さに、心も濡れる今日この頃。 

 こんな日は、ずっと家に閉じこもって、読書するのも一興かもしれませぬ。

 秋の夜長、世界文学全集など深く心に残る書物もいいですが、どうせ読むなら、心だけではなく、体も元気はつらつ、いつまでも若く、楽しく、病気知らずに生きられる秘訣が書かれた本も、読みたいもの。

 …ということで、女子高生彩ちゃんが、脳卒中の謎に挑む

「世界一やさしい脳卒中にならないための本」。



 ついに発売となりました。


 本の前書きにも書かせていただきましたが、ここまでたどり着くことができましたのも、皆様のおかげと感謝いたしております。

 本当にありがとうございました。

 ネット書店は、今のところ、以下の書店で取り扱っておりまして、これから徐々に拡大してゆくものと思われます。

 アマゾン


 リアルのほうの書店は、以下の書店に置かれるのを確認しました。

  ●八重洲ブックセンター

  ●丸善 丸の内本店

  ●三省堂 本店

  ●神田 書泉グランデ 

  ●ジュンク堂 新宿店、池袋店

  ●旭屋書店 池袋店

  ●紀伊國屋書店 本店


 首都圏の大きな書店では、明日以降、店頭に並び始めるそうですが、それ以外の地域では情報が錯綜してよくつかめないでいます。

 お近くの書店で売られているのをご覧になりましたら、教えていただければうれしいです。

 価格は、ネット販売で送料無料となる最下限の1,575円になりました。

 また、お近くの図書館にリクエストしていただいてもうれしいです。

 前作の老人保健施設の本が、沖縄の小さな図書館にあるのをネットで見つけて、「貸出し中」という表示にすごく感動したことがありました。一度も会ったことのない人でも、オイラの本を読んでいただいている時間は、その人と心が繋がっているような気がします。

 本とブログとの微妙な違いを比べてみるのも面白いかもしれません。

 とりあえず、お知らせまで。

# by bijiben | 2007-09-14 15:11 | 健康
脳卒中の本、来月発売!脳の働きって、何? 医師と女子高生の会話から
 
 こんにちは。

 ご無沙汰いたしておりました。

 出版が決定してから、いつ発売になるのか、著者であるオイラも先行き不透明だった脳卒中をテーマにした本。

 ようやく編集作業が終わり、現在、印刷所に原稿がまわったそうです。

 もしかして、来月には発売しちゃうかも。

 この猛暑の中、印刷所のおじさんたちが、額に汗を浮かべて印刷作業をしていただいていると思うと頭が下がります。

 それ以上に、最近夏バテ気味で、更新が青色吐息になっているオイラのブログを訪問してくださる皆様に感謝です。

 さて、本のタイトルですが、「世界一やさしい脳卒中にならないための本」と決定しました。

 実は、このタイトルはオイラが考えたのですが、なんとそのまま採用になってしまったのです。

 ちょっと長すぎてゴロが悪いかもしれませんが、脳卒中にならないためのノウハウをやさしく、わかりやすく、ときに楽しく、願いを込めたつもりです。

 実はここだけの話、あのベストセラー「病気にならない生き方」のタイトルを少々パクらせていただいたのですが…。

 本のカバーのデザイン案は、黄色と黄緑の背景でそれぞれ脳みそのイラストが描かれた2種類ありました。

 どっちに決まったのだろうと考える今日この頃。

 …というくらい自分の書いた本の情報には疎いのですが、発売の時期が決まりましたら真っ先にご報告させていただきます。 


 今日は久しぶりに、ブログのほうの「脳の病気シリーズ」。

 前回は「脳卒中になっても体は元にもどりますか?」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に「健康」のカテゴリにある前回、前々回の記事をお読みいただければ幸いです。

 今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。  
 
 前回、「脳のはたらき」について勉強したAYAちゃん。

 今日も引き続き、脳のはたらきが話題になります。

 それでは…。

● AYAちゃん「私、立ち直りが早いですから。それじゃ、気分を変えて小脳の説明をお願いします」


 さすが、B型。ところで小脳は平衡感覚を保ち、運動や動作の調整を行う働きをしているんだ。ここがやられてしまうとお酒に酔ったようにフラフラして、ちゃんと立ったり歩いたりすることができなくなってしまう。また手を思ったところへ持って行けないなどの症状が出るんだ。


● AYAちゃん「うーん。ここも人間にとって大切な働きをしているんですね。そしていよいよ真打ちの大脳の登場ですね」


 大脳はひと言でいえば、人間らしい精神活動を支配するところだね。図を見ながら説明しようか。大脳は左右2つの大脳半球に分かれている。それぞれ体の左側を左脳、右側を右脳というんだよ。


● AYAちゃん「よく左脳、右脳って言いますよね。確か芸術家は、右脳が発達した人が多いとか…」


 そう。左脳は左目と右半身の感覚や運動をコントロールしている。それに対して右脳は、右目と左半身のコントロールだね。左脳は『言語脳』とも言われ、『読む』『聞く』『話す』『書く』などの役割を担っている。右脳はこれに対して、『感覚脳』と言われ、『イメージ』『描く』『演奏する』『方向感覚』『直覚』などの役割を担っているんだ。


● AYAちゃん「右脳が芸術家タイプだとすれば、左脳はサラリーマンタイプなのかなぁ」


 そうとも言えるかもしれないね。左脳に『文字を書く』『話をする』といった言語中枢があるから、こちらに障害が起きれば話せなくなって右半身にまひが起きるケースが多い。ちなみに9割以上の人が右利きで、左脳が優位だと言えるね。


● AYAちゃん「人間の外見と違って、左脳と右脳は、見た目ではどちらが芸術家やサラリーマンかわからないですね」


 面白いこと言うなぁ。この図に見えるのは、大脳の表面をおおう大脳皮質の部分だよ。色は少し黄色を帯びた白で、硬さは豆腐より少し硬くて弾力性がある。百数十億と言われる神経細胞からできていて、多くのしわが刻まれているんだ。このしわは、神経細胞の表面積をより広くするためと言われているね。


● AYAちゃん「よく見ると脳の真上から真下へと、それから脳の前下から斜め後ろへ深い溝があるんですね。知らなかったな。それにしても結構メリハリのある形をしているんですね。これなら前と後ろを間違える心配がなくていいですよ」


 溝によく気がついたね。ちなみに大脳の真上から真下へ向かう溝を『中心溝』、前下から斜め後ろへ向かう溝を『外側裂』と言うんだ。脳はあまり外へ出して眺めるもんじゃないから、前と後ろの心配はしなくていいと思うけど。


● AYAちゃん「それならよかった。手術のとき迷わなければ。ところで大脳皮質の下はどうなっているんですか?」


 大脳皮質の内側には、難しい言葉で『大脳辺縁系』と呼ばれる部分がある。これは古皮質とも言って、生まれながらの本能と情動を扱うんだよ。たとえば、食欲や性欲などの本能的欲求、そして快適や不快、恐れや怒り、不安といった原始的な感覚だね。
 それから記憶に関する機能も扱っているんだ。その下の大脳の一番深いところにある『大脳基底核』には、運動や筋肉、関節の緊張状態を調節する機能があるんだけど、このあたりはちょっと難しいかな。


● AYAちゃん「これ以上難しくなると自律神経失調症になりますよ。お代官様、どうかここいらで、堪忍してやってくだせぇ」


 自律神経失調症なんて、難しい言葉を覚えているんだけどなぁ。まぁいいや、それじゃあ大脳皮質に戻ろうか。


● AYAちゃん「へい、ガッテンだ」


 さっき言ったように、大脳皮質は4つの部分に分かれている。大脳半球にある2本の深い溝で分ければ、中心溝から前の部分が『前頭葉』、その後ろの部分が『頭頂葉』、外側裂の下の部分が『側頭葉』、そして後頭部側が『後頭葉』だ。そこまではいいね。


● AYAちゃん「結構でござんす」


 ちょっと時代劇の見すぎだよ。さっき言ったように、大脳はその場所によって役割分担がはっきりしているんだ。たとえば前頭葉には、思考や理性、判断、創造などの中枢がある。だから頭の良し悪しは、前頭葉の働きに大きく影響されるね。


● AYAちゃん「じゃ、頭がいいと言うんじゃなくて、前頭葉がいいと言ったほうがいいんじゃないですか?」


 まぁ判断基準はいろいろあるから、その話は置いといて。それから側頭葉は、記憶と聴覚の中枢があるんだ。また、頭のてっぺんの頭頂葉は、痛みや熱さといった刺激を感じる皮膚感覚や関節、筋肉の動きを感知する知覚の中枢。そして後頭葉には、視覚の中枢があるんだよ。


● AYAちゃん「うーん。どれをとっても私たちの体になくてはならないものですね。脳卒中になって、これらの部分に障害をうければ、当然今聞いた働きに悪影響が出たり、まったくなくなったりしてしまうこともあるのか」

( 途中ですが、約一ヵ月後に続きます )

# by bijiben | 2007-08-29 12:44 | 健康
脳の働きについて 医師と女子高生の会話から
こんにちは。

 脳卒中をテーマにした出版の件ですが、校正用の原稿ができあがりました~

 いつもはパソコンの画面で読んでいて、今まで紙に印字された脳卒中の本の原稿を読むことはなかったのですよ。

 ブログだと細切れになっていますが、通しで読むと流れがスムーズ。ギャグの部分がオイラ的には結構面白くて、ニタニタ笑いながら読んでいました。

 病気の解説はそれほどでもないのですが、ギャグに関してはわりと緻密な構成になっているのだと意外な発見が。

 手直ししようとすると、十数か所もあわせて修正しなければならない部分もあったのです。

 一時は、どちらに力をおいて書いたのだろうと自己嫌悪に陥りそうになりました。

 病気の本で笑えるというのも、あまり前例がないですからね。ただ、面白いというのは、オイラの個人的見解ですので念のため。

 ちなみに、本は、四六版ソフトカバー。

 と言っても、わかりにくいかもしれませんが、実用書としてもっともポピュラーな単行本となる予定です。

 ブログとの相違点は、まず縦書きになるということでしょうか。

 それから、AYAちゃんが彩ちゃんという漢字に変更になりました。これらを決定していただいたのは出版社の方たちです。

 「松戸あや」というネーミングは、もちろん「あやや」と「上戸彩ちゃん」をコラボしたものですが、できあがった初稿を見て、いつの間にかAYAちゃんが彩ちゃんになっていたのです。

 亜弥ちゃんという選択肢もあったのではないか、と…。

 実は、どちらかというとAYAちゃんは、上戸彩ちゃんのほうを意識してキャラを作っているのでこれで正解。

 残念ながら、島津亜矢ちゃんではありませんので念のため。

 原稿を何の先入観もなしに読んだら、やっぱり他の人も彩ちゃんをイメージしていたのかと、少し安心した気分になりました。

 亜弥ちゃんだったら、これほど当意即妙な応対にならず、口を尖らせ、「ふ~ん」とか間を空ける機会が増えそうですから。

 それはともかく、来週には脳外科医の先生に最終チェックをしてもらう予定です。

 カバーのデザインも近くできあがるそうなので、そちらも楽しみです。前例のない病気の本がもうすぐ出来上がりそう。

 今後とも、よろしくご指導いただければ幸いです。 


 …ということで、ブログの「脳の病気シリーズ」。

 前回は「脳こうそくの手術ってどんなことするの?」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に「健康」のカテゴリの中にある前回、前々回の記事をお読みいただければ幸いです。


 今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。  
 
 前回、「脳こうそくの手術」について勉強したAYAちゃん。

 今までは脳卒中の治療編でしたが、今日から脳卒中のリハビリが話題になります。

 それでは…。


<脳卒中になっても体は元にもどりますか?  脳の働きについて>

● AYAちゃん「よーし。だんだん脳卒中のことがわかってきたぞ。脳卒中で倒れたら、先生みたいな脳の専門医のいる病院で診てもらえば、全然大丈夫なんですよね」


 また楽天的なこと言って…。患者さんにとっては、それからが大変なんだ。それに『全然大丈夫』っていうのも、変な言い方だし。


● AYAちゃん「そういうこと言ってると、おじさんって言われますよ。ところで、脳卒中がよくなってからが大変って、どういうことなんですか?」


 わかってないなぁ。何度も言うように、脳卒中は脳の血管の病気だよね。早い話、その血管が切れるか詰まるかして、つねに酸素と栄養を必要としている脳細胞にダメージを与えるんだ。ダメージを受けて死んでしまった脳細胞は生き返らないし、新しく増えることもない。と、すると…?


● AYAちゃん「うーん。脳っていろいろな部分で働きが違うんでしたよね。大脳の中の一部分が、見たり、聞いたり、話したり、臭いをかいだり、手足を動かしたりといった役割を受け持っているんでしたっけ。そうすると、脳卒中で脳の一部分が壊れてしまうと、その受け持っていた役割に支障がでるんですか」


 その通り、脳卒中の後遺症の問題だ。脳のどの部分の脳細胞にダメージを負ったか、またそのダメージの部分が大きいか小さいかによって症状が違ってくる。脳卒中の大変さは、こういった後遺症と多かれ少なかれ、一生付き合っていかなければいけないところにあるんだよ。


● AYAちゃん「それは大変だわ。一生ですものね」


 脳卒中の後遺症について話す前に、脳の各部分の働きを見ておこうか。脳は、図で見ると分かるとおり、大脳、間脳、小脳、脳幹の4つの部分からなっているんだ。


● AYAちゃん「脳幹は前に聞きましたね。確か、意識や呼吸などの生命中枢があるところだって」


 そう。脳幹は大きく分けて3つに分かれるんだけど、それぞれ目や顔を動かしたり、食べ物や飲み物を飲み込んだり、呼吸や発汗、排泄などの中枢神経があるんだ。したがってここがやられてしまうと、目や顔、舌の動きがおかしくなったり、意識障害が出たりする。重要な神経が狭いところに集中している部分だから、出血やこうそくが小さくても重症になることが多く、さまざまな障害が出るんだ。


● AYAちゃん「心臓が動いていても、ここが駄目になったらもう脳死なんですよね」


 そう。残念だけどもう回復の望みはない。それほど大切な部分なんだ。


● AYAちゃん「間脳と小脳って、どんな働きをしているんですか?」


 まず間脳から説明しようか。ここは感覚情報を中継して大脳へ送るとともに、自律神経やホルモンを出すシステムの中枢でもあるんだ。


● AYAちゃん「うーん、わかりにくいですねぇ。感覚情報って具体的にいうとどんなものがあるんですか?(目の前の缶コーラを飲んで、冷たさに顔をしかめるAYAちゃん)」


 ほらっ、その『冷たい』という感じだよ。ほかには、『熱い』とか『痛い』とか『おいしい』とかいう感じ。そのほかにも、触覚、視覚、聴覚などの感覚刺激があるね。


● AYAちゃん「なるほど、今、頭がキーンとしたとき、私の間脳から大脳へ『冷たい』という情報が伝わったんですね。それと、自律神経とホルモンは、私たちの体にどんな働きをしているんですか? (またコーラを一口飲む、AYAちゃん)」


 あんまりコーラばっかり飲んでると、太るよ。


● AYAちゃん「(ムカッ)いーじゃないですか、そんなこと、どーでも… (怒)」


 ほらっ、自律神経がおかしくなったのがその状態だよ。自律神経は、私たちの意思とは無関係に内臓や各器官の機能を調節している神経で、体のコンディションを整える働きをしているんだ。だけど精神的ストレスや病気などの理由で自律神経の働きが乱れると、血圧や体温の大きな変動といった自律神経失調症状が現れるんだ。今のAYA君みたいにね。


● AYAちゃん「なんだか胃が痛くなってきたわ」


 その症状もそうだね。それからホルモンも、自律神経とともに体の機能を調整しながら体内を常に一定の状態に保つ働きをしているんだ。体温や血圧、体液、睡眠などの調節がそれにあたる。ところで気分は大丈夫かい?


● AYAちゃん「私、立ち直りが早いですから。それじゃ、気分を変えて小脳の説明をお願いします」


( 途中ですが、約一ヵ月後に続きます )

# by bijiben | 2007-07-28 13:57 | 健康
脳こうそくの手術ってどんなことするの? 医師と女子高生の会話から
 こんにちは。

 ようやく、脳卒中の本の改訂原稿を出版社さんにお送りすることができました~♪

 これで、ひとつの大きな山を越えたという感じです。

 改訂作業は、思ったより大変でした。

 放り出して逃亡を企てようかという、プロジェクトX的なシーンもあったりして。

 なんとか形にできたのは、温かいコメントをお寄せくださった楽天ブログの方たちのおかげと、感謝してやみません。

 実はこの脳卒中の原稿は、二年ほど前に書いたものですが、実際の医療現場では治療方法が大きく変わっている部分もあったのですよ。

 IT業界は、成長の早さから、ドッグイヤーなんてことを申しますが、それ以上に最新医療の現場は、成長速度が早いということを実感しました。

 最近の傾向としては、なるべく患者さんの体に負担をかけないで結果を出す治療法が主流になっているみたい。

 それはもちろん素晴らしいことですよね。

 でも、結果的に最新治療や従来の方法などがカオス的混合をきたしていると言えなくもない。

 それぞれメリット、デメリットがあったりして、一般の患者さんは迷ってしまう部分があるかもしれません。

 患者さんやご家族の方にとって、病気や治療についての知識はあったほうがいいと切に感じました。

 ブログのほうは、前後関係が変わってしまうので、従来の原稿で続けさせていただく予定ですが、あらたに加筆した部分もあります。

 それは、最新の脳研究における「脳細胞をどんどん増やす法」についての記述。

 従来は脳細胞の数が決まっていて、年をとると減る一方だと思われていたそうな。

 それが、研究によって、年をとっても脳細胞が増えるということがわかってきたとのこと。増えるものなら増やしたいのが脳細胞ですよね。

 その方法について、いろいろ文献を調べ、AYAちゃんと先生に面白く会話してもらいました~


 現在、脳卒中の本は、出版社さんの元で編集作業が行われております。

 脳卒中の本は、そう遠くない未来に、姿を現すことになりそうです。


 オイラ以上に、出版社の方たちは思い入れを持ってこの原稿に取り組んでいただいていますので、編集方針はすべてお任せすることにしました。

 さて、どんな本になるのか。

 期待に胸を膨らませております。


 …ということで、「脳の病気シリーズ」です。

 この「脳の病気シリーズ」。

 ほぼ月一回のペースでお送りしています。

 前回は「脳こうそくの外科的治療ってどんなことするの?」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に「心と体」のカテゴリの中にある記事をお読みいただければ幸いです。

 今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。  
 
 前回、「脳こうそくの外科的治療法」について勉強したAYAちゃん。

 今日も、前回に引き続き、「脳こうそくの外科的治療法」が話題になります。

 それでは…


< 脳こうそくの手術ってどんなことするの? 医師と女子高生の会話から >


● AYAちゃん「ふーん。ほかにも脳への血液の流れを改善させる手術ってあるんですか?」


 あるよ。以前、『抜け道』、『回り道』の話をしたよね。脳血栓のように脳の血管が徐々に狭くなってくる場合は、脳の血管が詰まっても別のルートが発達して大きな血管が2~3本詰まっても脳こうそくの症状が出ない人がいるって話…。


● AYAちゃん「覚えていますよ。それがどうかしたんですかぁ。先生の話っていつも『回り道』へそれるからなぁ」


(少しムッとして)いつも横道へそれるのはそっちじゃない。それに『回り道』じゃないよ。要は脳こうそくになっても『抜け道』、『回り道』があればいいってこと。だったら、『抜け道』、『回り道』みたいなバイパスを人工的に作ってやればいいわけでしょ。


● AYAちゃん「なるほど、今の話は『回り道』じゃないですね。ところでそれはどんな手術なんですか?」


 脳の動脈にバイパスを作る方法だから、いろいろなやり方があるんだよ。もっとも多く行われているのは、こめかみの皮膚の下にある動脈を脳の表面にある動脈につなぐ手術だね。


● AYAちゃん「ん? こめかみの皮膚の下にある動脈って、頸動脈みたいに脳に血液を送る動脈とは別ルートなんですか?」


 そうだよ。難しい言葉で、『浅側頭動脈』って言うんだけど、これは頭皮に血液を送るものなんだ。バイパスを作って脳に血液が流れるようにしたあとの頭皮には、別の血管から血液が送られるから血流不足になることはないんだけどね。


● AYAちゃん「なるほど。別のルートなら、脳へ向かう4本の幹線道路に障害が起きたときのバイパスになりますね。ところで頭皮へ行く血管ということは、頭の骨に穴を開ける必要があるんだ」


 手術の方法は、全身麻酔をしてから、こめかみの辺りを切り開いて、まず浅側頭動脈をはがすことから始める。それからその傍の頭蓋骨に穴を開け、その穴に浅側頭動脈を引き入れて、脳の表面を走る中大脳動脈とつなぐんだ。


● AYAちゃん「難しそうな手術ですね」


 手術用顕微鏡を使った高度な技術が要求されるけど、脳の専門医からすれば難しい手術じゃない。安全だといっていいんじゃないかな。ただこの手術を行うかどうかは、有効性の面で他の治療法と比べながら、いろいろ検討してみる必要があるね。


● AYAちゃん「詰まった血管の中のアカを削り取ったり、頭に穴を開けてバイパスを作ったり、すごく効果がありそうですね。だけどちょっと首や頭に傷をつけるのは抵抗があるなぁ」


 最近では管を動脈に入れ、狭くなった部分を風船で広げて血のかたまりを押しつぶし、血管の中を広げる方法もある。それからその広がった部分にステントと呼ばれる材料を入れて広がったままにするとか、切らないですむ治療法も出てきたね。


● AYAちゃん「クモ膜下出血の治療法で聞いたコブの中にコイルを詰めて破裂しないようにする方法に似ていますね」


 脳の血管内治療という点ではどちらも同じだね。方法は、太ももの付け根に局所麻酔の注射をしてから、そこを流れる動脈にカテーテルと呼ばれる細い管を挿入して、脳や首まで推し進めるんだ。
 そして脳の透視画像を見ながら、カテーテルの先につけた風船を膨らませたり、ステントを入れたり、動脈瘤の中にコイルを詰めたりするんだよ。


● AYAちゃん「私が手術をするんだったらやっぱり、こっちのほうがいいなぁ。でも、できないケースもあるんですよね」


 前にも言ったけど、技術がどんどん進歩しているから、今後は頭を開けない手術が主流になっていくと思うよ。外国ではこちらの血管内治療が主流になりつつあるからね。


● AYAちゃん「それにしても脳卒中にはいろいろな治療法があるんですね。先生、どれが一番いいんですか? シェフのお勧めの一品は?」


 アドバイスはもちろんたっぷりさせていただきますけど、残念ながら『シェフのおまかせコース』はございません。薬を中心とした内科的治療、手術をする外科的治療、それぞれ一長一短がある。医師ができるのは、可能な治療の方法とそれらの治療成績をきちんと説明するということだよ。
 あくまでも治療をどれにするか、最終的に決めるのは本人とご家族だからね。


● AYAちゃん「そう言われてみればそうですよね。でも、そのときになったら迷うだろうなぁ。脳みそはひとつしかないし。私なんかユニクロへ行って、どの色のTシャツを買うか、30分も迷うことがありますから」


 だからしっかり脳卒中の勉強をしなくちゃね。


● AYAちゃん「そのためには、まずネットで『脳卒中』『治療法』のキーワードで検索を…と。(先生のノートパソコンを横目で見る)」


 ちょっと待った。あぶない…あぶない。(先生、ノートパソコンを自分の後ろに隠す) その手は桑名の焼きハマグリ…と。


● AYAちゃん「(く~、見破られた)」


 ( 約一ヵ月後に続きます )

# by bijiben | 2007-07-27 13:36 | 健康
小坂明子、あなたにまつわるエトセトラ
 こんにちは。

 最近、パソコンで仕事をすることが増えているのですよ。

 長い間画面を見続けていると、ホント目が疲れます。

 文章を書くのは嫌いではないので、ずっとキーを打ち続けていて、あっという間に1~2時間も経ってしまうことがある。

 気がつくと、画面以外はぼんやりと霧の摩周湖状態。

 さすがにそうなると、机に突っ伏して十数分間も、仮死状態に陥らざるを得ないのです。

 でも、何も考えずにただ休憩を取るよりは、その間、好きな音楽を聴いていたほうが、フリーズ状態から早く立ち直るのを知りました。

 …ということで、休憩時間を利用して、いろんな音楽を聴いているんですよ。

 っていうか、仕事中もですけど。

 前は、図書館で、CDを借りてきてはパソコンに取り込んで聴いているってブログに書きました。

 その頃借りたのは、男性アイドルでは俊ちゃんやマッチ、西城秀樹に郷ひろみ、野口五郎など。

 女性では、山口百恵に浅田美代子、松田聖子、森高千里といった一昔前のアイドルでしょうか。

 それにしても、NHK大河の「風林火山」を毎回見ていて、ひ~ふ~美代ちゃんこと浅田美代子の姿に、時代の流れを感じるのはオイラだけでしょうか。

 真理ちゃんよりはいいけど。

 オイラの中学校時代の友人たちは、皆、透明な下敷きの中に、雑誌のグラビアを切り抜いて入れてましたね~。

 当時、今のような状況を想像していた人はいなかったかも。

 今、彼らは何を想い、何を心の支えにして生きているのか、すごく気になったりして。

 風吹ジュンは、うまく年をとっているように見えるのだけれど、その違いってどこにあるのだろうと感じる今日この頃です。

 当時は、浅田美代子のファンで、それほど風吹ジュンのファンではなかったということも影響しているのかもしれませんが…。

 もちろん、昔のアイドル以外にもいろいろ聴いていますよ。

 トワ・エ・モアとか、チューリップとか、かぐや姫とか。

 でも演歌は、内山田洋とクールファイブか、テレサ・テン、ぴんからトリオの「女のみち」以外はあまり聴かないですね。

 一般的に、オイラと同世代の友人たちも、演歌をあまり聴かないみたい。

 でも、ちょっと上の世代から団塊の世代以上になると、演歌が主流。

 昔、銀行時代の上司たちとカラオケに行ったとき、「なぜ、演歌を歌わないのだ!」と延々と説教された経験があるのです。

 「演歌以外は歌ではない」と極論する上司もいましたっけ。

 このあたりの世代間ギャップを、文化人類学的に考察してみれば面白いかも、と考えるのですが、どなたか教えていただければ助かります。

 しかし、どれも歌謡曲の枠をこえられないところがオイラの限界なのかも。

 ジャズやクラシックを聴いています、と書ければかっこいいのだけれど…。

 ああ、ちょい悪のいけてるオヤジになりた~い。

 でも、言っておきますが、オイラは古い歌ばかりを聴いて、過ぎ去った若き日を懐かしんでいるばかりじゃありませんよ。

 パソコンのハードディスクの入っている新しめの歌手をアトランダムにあげてみますと、以下の通り。

 福山雅治、サザン、倉木麻衣、平原綾香、夏川りみ、宇多田ヒカル、パフィー、松浦亜弥、ELTにチャゲアス、ミスチル、SPEED、そしてモー娘。だって入っているのだ。

 モー娘のあとに「。」をつけなければならないことも知っているし、最近、リーダーがミキティから愛ちゃんに代わった理由もつかんでおりまする。

 それから、ZARDも入っていて、よく聴いているのです。

 事件をはじめて知ったのは、ヤフーのネット記事でしたが、ちょうどそのとき、「負けないで」が終わって、「揺れる想い」を聴き始めたところだったので、二重にびっくりしました。

 ZARDの歌には、よく励まされたので、哀しいっす。「君がいない」のはすごく残念ですが、これからも長く聴き続けていきたいと思っています。


 話は変わりますが、最近、パソコンで音楽をダウンロードすることを覚えました。

 最近の曲は、図書館やレンタルショップで借りたり、最悪の場合?自腹でCDを購入したりできます。

 ただ、古い曲を店頭で探すのは面倒くさい、というか、ない。

 ということで、ダウンロードでは、小学校や中学、高校時代に聴いたポップスをよく購入しています。

 今やほとんど聴くことのできないような曲もあったりして、ネットの威力はすごいと感じますね。

 それに昔聴いたときと比べ、今聴くと新たな発見があったりする。
 
 たとえば、フィンガー5。

 以前は、当時のオイラと同じくらいの子供がサングラスかけてよくやるよ、くらいにしか思っていなかった。

 「個人授業」なんか、今聴いても、すごい迫力あるサウンド。

 オイラは音楽的才能のまったくない人間ですが、フィンガー5って、こんなすごいアーチストだったの?と認識を新たにしました。

 とくに、ボーカルのアキラのハイトーンボイス、ド迫力の歌唱力が秀逸。

 昔よく真似して、たいしたことないじゃんなんて、生意気なことを言っていたオイラが恥ずかしいっす。

 今からでも謝りたいぐらい。

 そして、昨日ダウンロードしたのが、小坂明子の名曲「あなた」でした。

 いろんなネットショップを探してみてもなくて、たまたま楽天からダウンロードできることを知ったのです。

 まさに、灯台下暗し。

 ライヴバージョンでしたが、210円で、こんな素晴らしい曲がゲッツできるなんて、今の時代に生きていることの喜びを実感しました。

 もう何十年も聴いていなかったので、当時のことを思い出しながら何十回も聴き返しています。

 今日も、十回以上聴いてしまいました。

 この曲を最初に聴いたのは、確かラジオだったと思います。あるラジオ番組の主題歌だったような。

 けだるい感じのイントロ部分から、サビの熱唱、そしてまた静かな中盤を経て、ラストの「あなた、あなた」の叫ぶような心に響く歌声、そして旋律の美しさに一瞬で魅了されたといいますか。

 この、静と動、スローとハイスピードとの対比が絶妙。

 この若々しく、清楚な歌声は、いったいどんな美しい女性が歌っているのだろう。

 当時、ラジオをずっと聴きまくって、想像をふくらませて、ふくらませて、自分の中で偶像崇拝ともいうべきものを作り上げて行き、その数ヵ月後、歌が大ヒットして、小坂明子がテレビに出るという情報をつかんだ。

 そして、正座したまま、テレビを見た~

 おお~


 倉本聡 的な 「間」。


 しかし、だからと言って、この歌の素晴らしさが、色あせることはありませんでした。

 でも、そのあと、ダイエットして、スリムな女性に生まれ変わったと聞きましたが。

 この歌は、小坂明子さんが高校時代の授業中に作った歌だったらしい。

 よっぽど面白くない授業だったのかどうかはさておき、当時人気絶頂だったガロに会いたい一心で、昭和48年にヤマハポピューラーソングコンテストに応募したのだとか。

 そして、グランプリ大会ではグランプリを受賞。そして同じ年の第4回世界歌謡祭では最優秀グランプリに輝く。

 「あなた」は、発売1ヶ月で100万枚を突破。3ヶ月で165万枚を売り上げ、ポップス界の歴史的ヒットとなる。

 そして、各新人賞を総なめにして、次の年にはNHKの紅白歌合戦に出演。

 現在では200万枚以上を売り上げているそうな。 

 普通の高校生の作った歌が、こんなすごいことになったのは、なんと言ってもこの歌の魅力からですね。

 当時は、穢れなき夢見る少女が、将来幸せな家庭を築きたいという願望を歌った歌だと思っていたんですよ。

 でも、今聴いてみると、ちょっと違う印象がありました。

 「夢だった」「望みだった」という過去形のあとに、「いとしいあなたは、今どこに」ですか。

 恋人が逃げてしまったか、失踪されてしまった女性が、彼と築くはずであった理想の家庭を夢見つつ、一人、レースを編む。

 これは、失恋した女性の寂しい心象風景を描いた歌だったのでしょうか。

 高校二年生の少女が、授業中、こんなことを考えていたのですかね。

 最初の、理想の「家」の記述も、こう考えていくといろいろな暗示がこめられていそう。

 それもまた、モナリザの微笑みたいなミステリアスな魅力がありますね。
# by bijiben | 2007-06-14 15:54 | 音楽
脳こうそくの外科的治療ってどんなことするの? 医師と女子高生の会話から
 こんにちは。 

 先日、ある大学医学部の公開講座を聞いてきたんですよ。

 配られた資料を何気に目を通していて、目の留まった箇所があったのです。

 それは比較的若い人たちの突然死のデータ。

 死因が不明ということで、その大学の法医学教室に運ばれ、解剖された人たちの亡くなる直前の行動と死因が書かれていました。

 データとして記載されていたのは、15人。

 もちろん明確な個人情報は伏せられていますが、そのうち男性は10人、女性が5人で、平均すると40歳代以下の人たちが多かったです。

 目に留まったのは、女性3人の死因でした。20歳代から30歳代のもっとも若い女性たちなのです。

 なんと、死因が全部同じなのですよ。

 それは、クモ膜下出血。

 他の12人が違う病名だったので、同じ病名が連続3回も続いたその部分は嫌でも目に飛び込んできます。

 公開講座のテーマは脳卒中ではなかったですから、とくにクモ膜下出血の恐さを強調する意図はなかったのでしょう。

 脳卒中は比較的高齢者の病気と考えられがちですが、若い人の突然死の面からのスポットも当てる必要があると思いました。

 クモ膜下出血は、遺伝的な要因もあると聞きますし…。

 また、突然死で亡くなられた方15人に共通する直前の症状として、頭痛があったことも驚きました。

 他の人たちは、死因を拝見すると、脳卒中とは関係ない方ばかりなのです。内臓の病気なのに、なぜ頭が痛くなるの?という素朴な疑問がわきました。

 突然死は嫌ですが、その直前に頭が痛くなるのも嫌ですね。

 その理由については、またいずれ。

 さて、以前お話した脳卒中の本の出版ですが、現在、オイラが追加修正した原稿をいつもお世話になっている脳外科病院の院長先生にチェックしていただいています。

 脳卒中をはじめとする病気の治療は、急速に進歩しています。2~3年前に書かれた本でも、現場の実際の治療方針とはかなり違ったものになっていると聞きました。

 その点、5000件もの脳神経外科手術を執刀、指導され、テレビにも登場する名医の先生ですので、宇宙戦艦ヤマトに乗ってイスカルダルに向かうような大船の乗った気分でおります。

 
 突然死はもちろんですが、最近でも平沼赳夫元経済産業大臣や大関の栃東関など、脳卒中は人生プランに大きな影響をおよぼします。

 栃東の30歳での引退は寂しい限り。千代の富士は30代前半からどんどん強くなりましたから、まだこれからなのに。

 体調が万全なら朝青龍と互角に戦える大関の、早すぎる引退を惜しむ人はオイラだけではないでしょう。

 これもすべて、脳こうそくのせいじゃ。


 出版は、もう少し先になりそうですが、期日が決まりましたら真っ先にご報告させていただきます。

 実は、まだオイラの周りの人たちには話していないのですが。


 …ということで、「脳の病気シリーズ」です。

 この「脳の病気シリーズ」。

 ほぼ月一回のペースでお送りしています。

 前回は「脳こうそくの治療ってどんなことするの?」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先にカテゴリの中にある前回、前々回の記事をお読みいただければ幸いです。


今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。
 
 
 前回、「脳こうそくの内科的治療法」について勉強したAYAちゃん。

 今日は、前回に引き続き、「脳こうそくの外科的治療法」が話題になります。

 それでは…


 < 脳こうそくの外科的治療って、どんなことするの?>


● AYAちゃん「先生、教えてもらった脳こうそくの治療って薬を使うものばかりですよね。手術はしないのですか?」


 脳こうそくは薬による治療が中心になるけど、病気の種類によっては手術したほうが薬よりも良くなって、再発もふせげるものがあるね。それではいよいよ脳こうそくの手術を説明しようか。


● AYAちゃん「ドクター、お願いします」


 脳こうそくは、何度も言うように血管の中に血のかたまりなどが詰まって血流がさまたげられる病気だよね。いわば詰まって水が流れなくなった水道管だ。もし何らかの理由で水道管が取り替えられないとしたら、AYA君はどうやって修理する?


● AYAちゃん「私だったら薬を使って水垢を溶かそうとするかな。でも効果がないこともあるってお母さんが言ってたし…。一番いいのは、水道管を途中で切って中の水垢を削り取るんですよ。それでまたつなげればいいのだけれど。でも金属製のパイプじゃ、ちょっと無理ですよね」


 人間の血管は、金属じゃないよ。


● AYAちゃん「えっ!? 詰まった血管の中を削り取るんですか?」


 ご名答。アテローム血栓性脳こうそくって何度も出てきたから覚えているよね。首のところを通る動脈の内側に、コレステロールなどからできたドロドロのかたまりがしみ込んで硬くなり、血液の流れが悪くなった状態だ。

 この動脈の血流が7割以上ふさがっている場合は、手術のほうが薬による治療より効果があがっているんだ。治療の有効な選択肢のひとつだね。


● AYAちゃん「うーん。薬だけではなかなかこびりついてしみ込んだ動脈硬化のアカが取りきれないのはわかるなあ。それでもいくら太い動脈といっても、血管の内側のアカだけ削り取るというのはむずかしそうですねぇ。どうやって手術するんですか?」


 これもやはり非常に細かい手術だから、手術用の顕微鏡を使って患部を拡大し、脳波モニターで脳の状態を監視しながら慎重にやるんだ。

 頸動脈の手術を例にとると、全身麻酔をしてから首の脇にメスを入れ、まず頸動脈を露出させる。
それから頚動脈を切り開き、顕微鏡を見ながら、手術中、脳に酸素を送る管を入れる。

 そして血管の内側の動脈硬化を起こして硬くなっている部分や血のかたまりそのものをぐるっと一周削り取るんだ。最後に頸動脈を縫って元に戻し、血管撮影で狭くなっていた部分がよくなっているかどうか確認して手術を終える。


● AYAちゃん「手術は大変そうですけど、終わったら脳みそはほっとするでしょうねぇ」


 そうだね。脳へ酸素や栄養を運ぶ幹線道路の車線が7割も広がるんだから、一気に渋滞解消ですっきりするだろうね。ところでこの手術は、難しい言葉で、『内頸動脈内膜切除術』というんだ。


● AYAちゃん「ふーん。ほかにも脳への血液の流れを改善させる手術ってあるんですか?」


 あるよ。以前、『抜け道』、『回り道』の話をしたよね。脳血栓のように脳の血管が徐々に狭くなってくる場合は、脳の血管が詰まっても別のルートが発達して大きな血管が2~3本詰まっても脳こうそくの症状が出ない人がいるって話…。


● AYAちゃん「覚えていますよ。それがどうかしたんですかぁ。先生の話っていつも『回り道』へそれるからなぁ」


(少しムッとして)いつも横道へそれるのはそっちじゃない。それに『回り道』じゃないよ。要は脳こうそくになっても『抜け道』、『回り道』があればいいってこと。だったら、『抜け道』、『回り道』みたいなバイパスを人工的に作ってやればいいわけでしょ。


● AYAちゃん「なるほど、今の話は『回り道』じゃないですね。ところでそれはどんな手術なんですか?」


( 約一ヵ月後に続く )

# by bijiben | 2007-05-17 10:24 | 健康
祝出版決定~♪ 脳こうそくの内科的治療って、どんなことするの? 医師と女子高生の会話から
 こんにちは。

 お久しぶりです。

 今日は皆様にご報告があります。

 AYAちゃんの「世界一やさしい脳卒中の話」が、出版されることになりました~♪

 
 これも、いつも訪問してくださる皆様のおかげと、深く、お礼申し上げます。

 イラストや写真、グラフなどを駆使して、もっとわかりやすくしたいと思うので、発売まで多少時間がかかるかもしれません。

 完成しましたら、ご報告させていただきます。

 ひとつだけ心配なのは、AYAちゃんが自分のイラストを見て、「もっと可愛く描いて!」と何度もダメ出しされるのではないかということですが…。


 それはともかく、ホントにありがとうございました。

 これからもよろしくご指導いただけましたら幸いです。


 …ということで、浮かれ気分のまま「脳の病気シリーズ」です。

 この「脳の病気シリーズ」。

 ほぼ月一回のペースでお送りしています。

 前回は「脳こうそくの治療ってどんなことするの?」という話題を取り上げました。

 今日が始めての方、この記事に興味のある方は、先に前回、前々回の「健康のカテゴリ」にある記事をお読みいただければ幸いです。

  今日はその続きです。
 
 登場人物は、脳外科のベテラン医師と現役女子高生のAYAちゃん(松戸あや)の二人。

 AYAちゃんは、おじいさんが脳神経外科病院へ入院したことで、毎日お見舞いに通ってくる元気な女子高生。

 将来、看護師になることを夢見て、おじいさんの担当医師から脳卒中のことを勉強しているという設定でしたね。
 
 
 前回、「脳こうそくの治療法」について勉強したAYAちゃん。

 今日は、前回に引き続き、「脳こうそくの内科的治療法」が話題になります。

 それでは…


< 脳こうそくの内科的治療治療はどんなことするの? >


● AYAちゃん「なるほど、脳こうそくの治療が急がなければいけない理由がよーくわかりました。ほかにはどんな薬を使うんですか?」


 さっき言った脳のむくみを取る薬だね。脳こうそくになってからある程度時間が経つと、血液が詰まったところの周辺は血液の循環が悪くなって、むくみが出てくるんだ。


● AYAちゃん「むくみが激しくなると、頭の中ですし詰めの状態になった脳は、脳幹のまわりのすき間へ逃げ込むんでしたっけ」


 そう。脳幹は生命中枢のあるところだから、そこが圧迫されてやられてしまうと、重い意識障害や呼吸障害をきたしてしまう。この状態を脳ヘルニアといってとても危険な状態なんだ。

 だから脳がむくまないようにするのは、大切なことなんだよ。とくに脳塞栓症は、心臓などから流れてくる血のかたまりがいきなり脳の血管をふさいでしまうから重症になることが多い。


● AYAちゃん「いきなり空からヘリコプターが落下してきて前面交通止めになるんでしたっけ」


 そうだよ。だからまわりの血管に『抜け道』や『回り道』ができていないことが多く、広い部分が脳こうそくになってやられてしまうんだ。そんなときは脳のむくみがとても強く出る。病状の進行が早い心原性脳塞栓症では、これが原因で死んでしまうこともあるんだ。


● AYAちゃん「うーん。顔や手足がむくむってよくあることですけど、脳のむくみは命取りになるんですね。ほかにはどんな治療をするんですか?」


 さっき、脳の血管に詰まった血のかたまりを溶かす治療をするって言ったよね。だけど血液が固まりやすい状態になっていたら、また血のかたまりができて再び詰まってしまう。そうならないために、血液が固まりにくくする薬を使うこともあるんだ。


● AYAちゃん「なるほどわかります。いつだったか兄貴が笑いすぎてあごが外れたことがあったんですよ。それで病院へ行ってあごの骨を元に戻してもらって家に帰り、兄貴と一緒にまた大笑いしたら、またあごがはずれて大騒ぎになったみたいな…。やっぱり日頃から大口開けて笑う原因をなんとかしなければいけないんですよね」


 エヘン。あごじゃなくて話を元に戻すけどいいかな。この血のかたまりができないように予防する療法を、むずかしい言葉で抗血栓療法って言うんだ。これには病気のタイプや血液の固まり方の違いによって薬を使い分ける3つの治療法があるんだよ。


● AYAちゃん「むずかしい話になってきたぞ」


 ごめん。じゃあ、簡単に触れるだけにしておこうか。脳塞栓や脳血栓の原因となる血のかたまりは、それぞれの病気によってでき方が違うんだ。血のかたまりのもとは、血液の中のフィブリンという成分と血小板なんだけど、それらを固まりにくくする薬もまたそれぞれ違うんだよ。


● AYAちゃん「同じ脳こうそくといっても、病気によって使う薬が違うんですね」


 そう。だから最初の診断でしっかり病気のタイプを見きわめて、慎重に処方しなければいけないんだ。


● AYAちゃん「やっぱり薬の種類や量を間違えると大変なことになるんですよね」


 血液を固まりにくくして血栓を防ぐ薬を抗血栓薬というんだけど、出血しやすくなる副作用があるんだ。


● AYAちゃん「じゃあ、ちょっとケガでもしたら、血が止まりにくくなるんですね」


 ほかにも鼻血が出たり、胃や腸から出血したり、皮膚が内出血しやすくなったりする。薬を使うとき、検査を繰り返しながら慎重に量を調節する必要があるね。


● AYAちゃん「前に聞いた血のかたまりを溶かす薬や脳のむくみを取る薬も副作用はあるんですか?」


 血のかたまりを溶かす薬も出血が起こりやすくなる。それから脳のむくみを取る薬は脱水症状が起こりやすくなるから、使うときはどちらもしっかり体の状態をチェックしなければいけないね。


● AYAちゃん「そうか、『良薬口に苦し』、『人生楽ありゃ苦もあるさ』ですもんね」


 何、それ? ときどきわけのわからないこと言うなあ。そのほかには、血液が濃すぎると血液の流れが悪くなって固まりやすくなるよね。だから血液を薄めて流れをスムースにする薬を使うこともある。それから脳全体を活性化して、消費する血液量や酸素量を増やしてやる薬を使うこともあるよ。


● AYAちゃん「ふーん。薬を使ったいろいろな治療法があるんですね」


 おっと、それから忘れちゃいけない薬があった。まだ新しい薬なんだけど脳保護薬って言うんだ。脳の血管が詰まるとほんの数分でその先の脳細胞は死んでしまうよね。

 この薬は、死にかけた脳細胞を保護する目的で作られたんだ。言い換えれば、死にかけてだんだん衰えてきている脳細胞を生き延びさせようというわけだよ。血液の流れが滞っても、脳細胞が生きている時間が延長できれば、血栓溶解療法で血液の流れを再開し、息を吹きかえさせることができるからね。


● AYAちゃん「脳細胞が死なないように救急処置をするんですか?」


 その仕組みはちょっとむずかしいから触れないけど、脳のダメージを最小限にとどめることができるんだ。だから片まひや言語障害、視覚障害などの後遺症を減らすことができるんだよ。


● AYAちゃん「それはすごい。でもやっぱり脳細胞が死なないうちに病院へ運ばなければ、そんなすごい薬も使えないんですね」


 そうだよ。付け加えれば、倒れてから3時間以内に脳血栓療法ができる脳の専門医のいる病院へ、だね。

( 一ヵ月後に続く )

# by bijiben | 2007-04-15 15:27 | 健康
大利根川のほとり関宿を歩く
 こんにちは。

 今日も性懲りもなく、お散歩ネタで行きまっす。

 こう毎回、お散歩ネタばかりだと、ビジベンは仕事をしないで始終その辺をほっつき歩いているような感覚にとらわれるかもしれませんね。

 でも、遠めのお散歩へ行くのは、せいぜい月1~2回ですので念のため。

 今回の「関宿」も、行ったのは2月のはじめの寒くて風の強い日でしたし…。 

 4月になったら、またビジネスネタにも再チャレンジしたいと思っているのですが、毎日、仕事やモニターでビジネス文書を作っていると、ネタにするには気合を入れなきゃならない部分もあったりして。

 と思ったら、もう4月なのでした。

 ホント、最近はとくに時間が流れるのが早いと感じます。

 どうして周りの人たちが、こんなに年取ってるんだろうと思ったら、お前もだ!と言われてしまう今日この頃。


 それはともかく、お散歩ネタでした。

 ところで、皆様は「関宿」という街をご存知でしょうか。

 そんなえらそーに言うオイラも、名前だけは知っていましたが、実は、地図でどこ?と聞かれると、頭をひねってしまう街。

 オイラがどうして、関宿という街の名前を知っていたかというと、橋幸夫の「潮来笠」です。


 ♪ 潮来の伊太郎 ちょっと見なれば 薄情そうな 渡り鳥~♪
   それでいいのさ あの移り気な 風が吹くまま西東
   なのにヨー なぜに眼に浮く 潮来~笠 ♪

 これが歌の一番。

 そして三番の歌詞は、


 ♪ 旅空夜空で いまさら知った 女の胸の底の底
   ここは関宿 大利根川へ~♪


 この歌は、橋幸夫のオリジナルよりも、ザ・ぼんちのおさむちゃんの物まねのほう
で歌詞を覚えたかもしれませんが…。

 それと、やはり城好きということで、関宿城という単語が頭にインプットされていたのかも。

 ちなみに江戸時代の城主は、久世大和守広之(くぜ やまとのかみひろゆき)が知る人ぞ知る存在。 

 江戸幕府の老中として腕をふるった名君として、有名なのでした。

 オイラの持っている歴史上の有名人の名言を集めた本にも、人格者の殿様として紹介されていましたっけ。

 そこまで街の名前に反応していたものの、ここはまだ行ったことがないのでした。

 理由としては、あまり交通の便がよくないからです。

 千葉県の最西北端、利根川と江戸川の分岐点近く。二つの川に挟まれた袋小路のような土地。

 JRはもちろん、私鉄の駅からもかなり離れている。

 東武野田線川間駅からバスで約25分。東武動物公園駅からも、バスで約30分も乗らなければならない。

 ところが、今はこんなに交通の便の悪い場所なのですが、江戸時代は「潮来笠」でも歌われるような繁華街でもあったそうな。

 今回は、その謎に迫ってみたいと思いまする。

 前置きが長くなりましたが、東武動物公園駅を降り立ったオイラは、駅前で待つバスへと乗り込みました。

 そこから、30分のバスの旅です。 

 埼玉県の幸手市から関宿橋を超えると、遠くに関宿城博物館が見えました。

 なんか、畑の中にポツンとお城だけある雰囲気。

 とてもここが、江戸時代老中を務めた大名の城下町とは思えませぬ。

 町の中を貫通する国道のバス停で降りました。

 バス停から程近いところにある光岳寺は、徳川家康の母、お大の方の菩提寺として知られます。



 葵の紋の入った門が印象的でしたね~。

 それにしても、二つの大河に挟まれた土地にあるためか、風が強い。近くの畑の乾いた土が舞い上がり目に入ります。

 下を向きながら歩いて向かったのが、同じく国道沿いにある鈴木貫太郎記念館。



 鈴木貫太郎は、日本史の教科書にも載っている終戦当時の総理大臣とか。

 オイラは、名前だけは知っていましたが、関宿出身とは知りませんでした。ちなみに鈴木貫太郎の父親は元関宿藩士。

 海軍の軍人や昭和天皇の侍従長を勤めたあと、77歳で総理大臣に就任。戦況の悪化した終戦間際で、天皇から直々に頼むと言われて引き受けたそうな。

 鈴木貫太郎記念館の前に伸びる広い通りを歩いて、実相寺へ向かいます。この辺りは、旧城下町で寺が多いですね。

 実相寺の庫裏は、関宿城の新御殿を移築した建物だそうです。御殿が残っているのはホント珍しい。



 ここには、さきほど触れた鈴木貫太郎のお墓もありました。有名人としては質素ですが、それがまた無骨な人柄を感じさせます。

 次に向かったのは、宗英寺。



 関宿初代藩主松平康元が建立した寺で、当時の門がそのまま残っておりました。畑に囲まれた墓地が、なんとも風情のあるお寺です。

 再び、鈴木貫太郎記念館の前に戻り、そこから江戸川へ向かいます。

 途中に、「関所跡記念碑」がありました。関所といっても、道ではなく川の関所とは珍しい。

 なんで、今はのどかな田園になっている関宿が、江戸時代、重要な土地として栄えたのかは、この関所の存在が大きかったとのこと。

 その話はまた後にして、江戸川の土手を歩き、お城を模した関宿城博物館へ向かいます。

 芝生で覆われ、丘のように目の前に立ちふさがる土手に登ってみました。

 ところがすごい強風。

 晴れていて、それほど寒くはないのですが、この風には閉口しました。

 せっかく、見晴らしのいい舗装されたサイクリングロードなのに、とてもまっすぐ歩けそうもなく、土手の下の道をゆくことに。

 しばらく歩いて、独特の臭いがするなと思ったら、なんと牧場があるのですよ。



 牛さんたちが一斉に胡散臭そうな顔でこちらを見ると、なんとなく悪徳セールスマンになったような気分。

 地図で調べてみると、ここはもう立派な当時の関宿城の城内なのですね。

 老中の城も、いまや牛さんたちの楽園ですか。

 江戸川の土手と水田に囲まれた一画に、関宿城の碑がありました。



 当時の城の本丸部分は、江戸川の河川工事のとき、今ある土手の下になってしまったらしい。

 今いる場所から、到底当時の城の面影をしのぶことはできませぬ。

 でも、土手の上に、当時の関宿城を模した天守閣があるのは、なかなかの眺めですな。



 歴史的にはまったく関係ない建物でも、あるのとないのとでは全然違う。

 関宿城博物館へ入る前に、「関宿水閘門(すいこうもん)」へ行って見ました。



 ちなみに関宿水閘門は、1918年の着工から1927年の竣工まで約10年の歳月を経て完成したもので、利根川と江戸川の分流地点で江戸川の低水流量を調整する施設。

 途中にある中の島公園には、歴史的建造物の関宿水閘門やコブシの木をはじめ多くの木々が植樹されている。



 これは、関東地方で最大級の大コブシだそうな。
 
 さて、まわりを眺めたあとは、いよいよ関宿城博物館へ。



 それにしても、この外観、どっかで見たことがあるなと思ったら、江戸城の富士見櫓を模して作られたものだとか。

 復興の天守閣は、よく小田原城とか浜松城とかに概観を似せて作りますからね。

 …と思ったら、元々関宿城の天守閣は、江戸城の富士見櫓を模して作られたものらしい。

 博物館の中は、近代的な作り。

 ここでは、大江戸の繁栄に利根川、江戸川の舟運がいかに重要であったかよくわかりました。

 そして、江戸時代、関宿がどうして重要な場所だったのかも。

 東北地方から運ばれた物資を、房総半島をまわって江戸湾に運ぶのは、航海術が未熟な当時ではなかなか危険な作業だったとか。

 房総半島沖は、太平洋の荒波がありますからね。

 そこで、房総半島沖を経由せず、利根川から物資を運びいれ、ここ関宿でヘアピンカーブを描いて江戸川へ。

 江戸川から、江戸の町へ物資を安全に運び入れたのですね~

 そしてちょうど、利根川から江戸川へ入る辺りに、川の関所を設けて管理した。

 今は、そんな遠回りをしなくても、東北の物資はさまざまなルートで東京へ送ることができる。

 それと同時に、関宿の使命も薄れて行ったのですか。

 博物館の最上階の展望室からの眺めは素晴らしかったです。



 ふたつの大河に挟まれた緑の土地。遠くには筑波山。

 せっかくここまで来たのだからと、利根川をこの足で越えてみようと思いました。

 境大橋を渡り、茨城県の堺町へ。



 利根川はさすが坂東太郎ですな。

 迫力がちょっとほかの川とは違いまする。

 風が強くて、橋の欄干のそばを歩くのは少し怖かったのですが、その雄大さを満喫しました。


# by bijiben | 2007-04-05 14:34 | 旅行
ワインとカッパの里・牛久を歩く
 こんにちは。

 おかげさまで、おつりがくるほど体調が回復しました~♪

 大通りで信号が赤になりそうだと、全力疾走で横断歩道を駆け抜け、そのまま300メートルくらい柴田恭平の横走りを披露するとか。

 先日は、学校に遅刻しそうになって走る高校生に後ろから抜かれたのです。

 でもそこからが勝負でしたね。

 500メートル地点で追いつき、逆転して、駅の改札を先に抜けることができました。

 瞬発力ではかなわないものの、まだまだ持久力では若いものには負けませぬ。

 でも、そのあと、足がつって翌日まで治らなかったのですが…。


 さて今日も懲りずに、お散歩ネタです。

 今回行ったのは、茨城県の牛久。

 牛久といえば、どうして知ったのかさだかではありませんが、ワインが有名だということは知っていました。

 牛久シャトーというヨーロッパの城館を思わせる建築物があるということも。

 でも正直、観光地としてそれほど有名なわけではないので、あまり期待していなかったのも事実ですね~。

 ところが実際行ってみると、ガイドブックの説明文のイメージの何倍もよかったです。

 いくら写真を見たり、文章を読んだりしても、この目で見ないことにはその土地をわかったことにはならないと実感しました。

 それに、距離的にはかなりあるのでしょうけど、常磐線の快速が走っているので、自宅から2時間もかからないところもグー。

 さて、牛久駅へやって来たオイラは、東口を出て、整備された駅前の並木道と陸橋を通り、低い塀で囲まれた一画へ出ました。

 ここは、牛久シャトーとしても有名なシャトーカミヤ。

 シャトーカミヤは、日本初のワイン醸造所があったところだとか。ワインが有名なわけですな。

 広大な敷地は無料で入れるので、中世のヨーロッパ城館を思わせる建築物をキョロキョロ眺めながら歩いて正門へ向かいます。

 今もワインの醸造は続けているらしいですが、敷地内にレストランや喫茶、チャペルが点在し、古いヨーロッパの町並みを歩いているような気分になりました。

 正門の前に位置するシャトー本館は、明治36年(1903)に完成したらしい。あまりにもきれいなので、ディズニーランドみたいに最近作られたものかと思ってしまいます。



 中は喫茶店になっているようでしたが、ちょっと庶民には敷居が高そうなので、外から眺めるだけにしておきました。

 丸いドームをくぐって中に入ると、これまた広くて異国情緒豊かなパティオ。



 どこかでこれと似たような景色を見たなと思ったら、昔行った倉敷のアイビースクエアがこんな感じだったかも。

 歴史があるのに、古さを感じさせない清潔感がいいですね。

 レンガ造りの洋館は、現在、ワイン資料館(神谷傳兵衛記念館)として無料で見学できるらしい。

 さっそくなかに入って見ることにしました。

 一階は、貯蔵庫になっているみたいで、ホワイトオークの大樽が並んでいました。もちろん今は使われていないのでしょうけれど、当時の匂いというか、樽とワインがかもし出すほのかな香りが残っているんですよ。



 2階は、この牛久シャトーを作り上げた神谷傳兵衛の足跡と創業当時のワイン作りの道具が展示されていました。

 展示室はアンティーク調で、薄暗い中に、展示物にスポットライトなどが当たるなど趣があります。

 古いフローリングの床もなかなかいいなと思ったら、下からスポットライトみたいに光が漏れているんですよ。

 よく見たら、床の板の隙間から、数メートル下の一階倉庫を見下ろすことができました。

 ということは、オイラを支えているのは一枚の板だけ?

 なかなかスリリングな想像でしたが、もちろん安全なのでしょうね。

 ところで、神谷傳兵衛さんは、オイラの田舎と同じ地域の出身なのだとか。

 浅草にある有名な神谷バーは、神谷さんが作ったのだとはじめて知りました。

 何にしても、日本に最初に手がけるということはすごいことですが、最初ならではのいろいろな苦労もあったらしい。

 でも、成功すれば多くの財産と栄光を手に入れることができるのですな。

 館内でオイラを釘付けにしたのは、当時の写真でした。

 なんと、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の登場人物と、傳兵衛さんが一緒に写った写真が大量に展示してあるのですよ。

 今思い出しても、大山巌に板垣退助、松方正義、そしてオイラがもっとも尊敬する児玉源太郎の写真まで。

 みんな坂の上の雲のイメージそのままでした。

 そして地下にあるワイン貯蔵庫は、一見の価値ありですよ。

 しんと静まり返った暗い地下室。薄明かりに照らされた樽がどこまでも並んでいる様は壮観でした。

 あの荘厳な雰囲気は、やはり行って見ないとわからないかも。

 シャトーカミヤのワイナリーには世界各国から集められたワインが15000本以上も販売しているらしいので、ワインファンは必見ですね。

 ところで、ガラス越しに見える工場の壁に「楽天市場」のポスターが貼ってありました。

 こんな歴史のある会社とも取引して儲けているのですな。


 さて、シャトーカミヤを出て、いったん牛久駅に戻り、今度は駅の反対側を歩きます。

 こちらをずっと歩いてゆくと、牛久沼がある。

 沼の周辺には、見所がいろいろあるそう。

 国道6号を歩き、二股に分かれる道を右に進んでずんずん歩いてゆくと、牛久沼へ着きました。

 三日月橋という風流な名前がつけられている橋のたもとにあるのが、牛久アヤメ園。

 残念ながら、6月のアヤメの季節はまだで、何も咲いていませんでしたが、河童の像が出迎えてくれました。



 体育すわりをしている河童が牛久沼とどういう関係があるの?と思いましたが、この近所は河童の伝説があるらしい。

 牛久沼を右手に見ながら細い道を進み、見渡す限り誰もいない田んぼのなかを歩きます。

 やがて道は竹林の坂道になり、村の祠のような稲荷神社を過ぎれば、河童の碑と小川芋銭のアトリエ。


小川芋銭(うせん)は、明治から大正にかけて、独特の境地の幻想画を描いた画人。とくに河童の水墨画を多く残したらしい。

 晩年にこの地に建てたアトリエ「雲魚亭」は、現在、小川芋銭記念館になっているのでした。

 実際、ここで掛け軸を見ましたが、河童の姿がかなりリアル。モデルは、モノ本の河童かも、なんて思ってしまいます。

 雲魚亭を出て、今まで来た道を戻り、竹林の中を行くと、得月院へ出ます。

 ここには、さきほどの小川芋銭の墓がありました。

 さて、最後に向かったのは今日のメインディッシュの牛久城。

 この城は、戦国時代にこの地方の豪族であった岡見氏によって築城されたらしい。

 その後、北条方の城として栄えたが、豊臣秀吉の関東攻めによって、北条氏とともに岡見氏が滅亡。今の群馬県の金山城主であった由良国繁が入城したが、江戸時代初期に由良氏が除封になり廃城となる。

 事前にネットで調べておいたので、多少の予備知識はありました。

 でも、ネッにあった航空写真で、城の縄張りがわかったと思ったら大違い。

 実際、現地で城の場所がわからず、探し回ってしまったのでした。

 やはり、本やネットでわかった気になっても、実際には現場で迷子になってしまうのですね。

 やっと入り口を探し当てたものの、竹やぶに入ってゆくような感じでした。

 去年の夏、城めぐりをしてやぶ蚊の大群に襲われた悪夢が脳裏をよぎりましたが、幸い春のまだ寒い日でよかったです。

 牛久城って、今までオイラはあまりマークしていなかった城ですが、なかなか壮大な遺構が残っていますね。



 空堀が深くて広い。土塁も高い。当時、三方が沼だったそうですから、かなりの要害だったことがわかります。

 ただ、城好き以外の人たちにとっては、たんなる起伏のある竹やぶなのかも。

 立派な城なのに、なんの整備もされていないのですよ。

 本丸や二の丸のおぼしき場所は、太い竹が剣山のようにそそり立ち、郭内を歩いてまわることができませぬ。

 宇都宮城が市民の寄付で整備されたりと、今や城跡は立派な観光資源なのですけどね。

 ここまで荒城のまま、ほったらかしなのは、実にもったいない。

 当時の牛久城は、東西約800m、南北約1kmに及ぶ城中全体を取り囲んだ巨大な惣構えをもっていたとか。



 ちょっと整備すれば、関東屈指の中世城郭遺構として、引く手あまたの観光地になると思うんですけどねぇ~残念!



 最後に牛久沼。


 
# by bijiben | 2007-03-29 17:34 | 旅行
池上七福神めぐりと池上本門寺を歩く
こんにちは。

 ようやく体調が回復したので、久しぶりにウォーキングへ行ってきました。と言っても、仕事の合間のプチウォーキングですが。

 行ったのは、東京都大田区の池上界隈。

 池上といえば、日蓮宗の大本山、池上本門寺で有名ですね。

 ここに行ったのは、都営地下鉄の駅で「東京WALK 1万歩」のパンフレットをもらったからです。

 なんでも、この周辺で七福神めぐりができるのだとか。 

 何度も出かけたことのある場所でしたが、池上梅園というフレーズにビビビときました。

 そういえば梅の咲いている池上梅園を見たことはない。

 一度出かけてみようと思ったのが、今年の一月です。

 でも、仕事が忙しかったり、体調を崩したりして、今週のはじめになってやっと、行くことができたのでした。

 スタートは都営地下鉄浅草線の終点、西馬込駅。

 階段を登って駅から出ると、車やダンプがびゅんびゅん走る大通りに出ます。第二京浜国道ですね。

 通りに沿って川崎方面に歩き、まず向かったのは、もちろん池上梅園。

 ここは、池上本門寺の西に位置する丘陵の斜面を利用した庭園です。

 でも、池上梅園の正門の前に立って唖然としました。

 目の前にそびえるのは、鮮やかな緑の丘。

 うう、梅が咲いてないっす。

 入り口で入園料100円を出しつつ、係の人に、「梅はもう終わりですか」と当然の疑問をぶつけました。

「ええ、もう終わってしまったんですよ」と、気の毒そうに、しかし目にも留まらぬ早業で100円をしまいながら答える受付の人。 

 3月の初旬だから、普通なら梅が咲いていると思いますよね。

 今年の暖冬の影響は、小市民のささやかな楽しみまで奪ってしまったのでした。

 ちょうど、梅が咲き誇っていた時分、オイラはインフルエンザと口内炎と花粉症の3点セットで地獄の苦しみを味わっていたのでしたっけ。

 お金を払ってしまったので、仕方なくほとんど人のいない園内へ入ってみました。

「混雑しているときは、止まらず前にお進みください」という立て看板がむなしい。

 でも、よく見ると、しぼみかかった梅の花が咲く木を2本も発見!



 しょぼい観梅でしたが、なんとか気分を味わうこともできました。

 負け惜しみを言うわけではないですが、見晴台の東屋からの眺めはなかなかよかったですよ。

 遠くにかすんで見える山の稜線は、丹沢の山並みでしょうか。

 混んでいたら、こんなゆったりした気分は味わえなかったかも。

 来年は花が咲いているとき来ようという決意を新たにしながら、いよいよ七福神めぐりにとりかかります。

 パンフレットを見ると、七福神のあるお寺は、本門寺の塔頭や末寺が多いのですね。

 まず向かったのは、厳定院。鎌倉時代に開創されたお寺で、弁財天が本堂の右手の祠にありました。



 そこを出て、左手の小高い丘の上にある広大な本門寺の境内を見つつ歩きます。

 七福神めぐりのコースではありませんが、久しぶりに本門寺にお参りすることにしました。



 池上本門寺は、有名な日蓮聖人が今から約七百十数年前の鎌倉時代、61歳で亡くなられたところ。

 当時は、武蔵国池上の郷主・池上宗仲の館があったとか。その後、日蓮聖人が入滅された後、約7万坪の寺域を寄進されて、お寺の礎が築かれたのですね。

 元禄年間に作られた巨大な総門をくぐると、長い石段。



 この石段は、加藤清正が寄進したそうで、此経難持坂(しきょうなんじざか)という由緒ありそうな名がついています。

 石段は全部で96段だそうですが、各段が高いので登るのはなかなか大変。

 やっと石段を登り終えると、仁王門から大堂へと続く壮大な伽藍が見渡せます。

 元あった大堂は、太平洋戦争で焼けてしまったそうで、今あるのは、昭和39年に鉄筋コンクリートで再建されたもの。



 屋根が高くて、間口も広く、大本山の風格を感じさせます。

 外陣の天井画は、日本画の巨匠、川端龍子が手がけたものの、未完のまま逝去されたらしい。その後、奥村土牛が眼を点じて開眼供養をとげたとか。

 実際、かなり空白の部分があるのですが、巨匠の絶筆としての迫力は感じられました。

 大堂の横にあるのが、江戸時代に建てられた経蔵。



 そのほか、日蓮上人が入滅されたときの荼毘所であった場所に立つ、宝塔も見逃すことはできませぬ。

 こちらも江戸時代の後期に作られた堂々たる建物。この場所に立っていると、とても23区内にいるとは思えませんね。

 山深い古寺の中に迷い込んだような錯覚にとらわれます。

 そして、池上本門寺といえば忘れてならないのが、五重塔。



 関東に4基現存する幕末以前の五重塔のうち、一番古い塔で、なんと1608年の建立だとか。

 平成13年に全面修復が行われたようで、鮮やかな朱色が青空に映えてとても美しい眺めでした。

 この塔は、年代的には桃山時代の建築に分類されるのですね。

 ちなみに、桃山期の五重塔は全国で1基だけだそうで、当然、重要文化財。

 ところで、本門寺はオイラにとっても、特別なお寺なのでした。

 なぜかというと、オイラが尊敬してやまない偉大な人物のお墓があるからです。



 その人の名は、力道山。

 しっかりお墓にお参りしたあと、力道山直伝の空手チョップの型を披露したのでした。

 境内のそばにある大田区立池上会館の屋上からは、広い境内や様変わりする区内の様子が見渡せてお勧めですよ。



 さて、あまり道草していると忘れそうになるので、七福神めぐりを再開することにしました。

 高台にある本門寺から降りて次に向かったのは、寿老人の妙見堂。

 急な階段を登ってやっと本堂に出たら、先ほどまでいた本門寺の境内とつながっているのを発見。

 ビル5階分を余計に上り下りしたことになるのですか。どっと疲れが出ました。

 再度階段を降り、呑川沿いにある養源寺へ向かいます。

 ここは、敷地の周りに植えられた菜の花が満開。



 梅の満開は見られませんでしたが、その分菜の花のショッキングイエローを堪能しました。

 本門寺の総門前の道に戻り、池上駅を超えて商店街から住宅街を歩いて着いたのは、布袋尊の曹禅寺。

 大きな石を本堂の前にあしらった庭がなかなか見事でした。

 ここから、池上通りに出て、毘沙門天の微妙庵にお参りし、いよいよ最後に残ったのは大黒天の馬頭観音堂のみ。

 池上警察署の近代的なビルの後ろにまわってみると、普通の民家に通じるような石段が。

 ここを登っていいのだろうかと、少し逡巡しながら行くと、民家の庭のようなところにコンクリート造りの小さなお堂がありました。

 とにかくお参りをして、これで、池上七福神めぐり、達成しました~♪


 七福神めぐりをしてからというもの、仕事の依頼が増えたり、図書館で前から借りたかったDVDをゲッツできたりしたので、それなりにご利益があったのかも。





# by bijiben | 2007-03-22 10:15 | 散歩
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